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長野地方裁判所上田支部 昭和58年(ワ)51号 判決

原告

櫻井今朝信

櫻井惠

櫻井信江

右原告三名訴訟代理人弁護士

佐藤芳嗣

滝澤修一

被告

有限会社立科生コン

右代表者代表取締役

今井吉子

被告

合資会社今井舘商店

右代表者代表社員

今井茂德

被告

今井茂德

被告

今井茂俊

右被告四名訴訟代理人弁護士

久保田嘉信

主文

一  被告らは、連帯して、原告櫻井今朝信、同櫻井惠に対し、各金一五五八万八六五一円、原告櫻井信江に対し、金一一〇万円並びに右各金員に対する昭和五八年三月一〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの、その一を原告らの各負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

1  被告らは連帯して、原告櫻井今朝信に対し金三〇九四万六三〇三円、原告櫻井惠に対し金三〇九四万六三〇三円、原告櫻井信江に対し金三三〇万円及び右各金員に対する昭和五八年三月一〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告ら(請求原因)

1  当事者の地位

原告櫻井今朝信(以下、原告今朝信という)は、訴外亡櫻井昭男(以下、亡昭男という)の実父、原告櫻井惠(以下、原告恵という)は、亡昭男の実母、原告櫻井信江(以下、原告信江という)は、原告今朝信、同恵夫婦の長女(昭和三九年一〇月二一日生)であり、亡昭男の実妹である。亡昭男は、昭和三七年四月一六日に生まれた原告今朝信同恵夫婦の長男であり、同五七年二月から被告有限会社立科生コン(以下、被告立科生コンという)に勤務し同五八年三月一〇日後記本件事故により死亡した者である。

被告立科生コンは生コンクリートの製造販売等を目的とする資本金六〇〇万円従業員約二〇名の有限会社であり、亡昭男の使用者であった。被告合資会社今井舘商店(以下、被告今井舘商店という)は、衣料品・食料品・日用雑貨・建築資材・各種燃料等の販売等を目的とする合資会社であり、被告今井茂德(以下、被告茂徳という。)及び被告今井茂俊(以下、被告茂俊という)はその無限責任社員である。被告茂徳は、被告立科生コンの代表取締役専務であり長野県北佐久郡立科町大字芦田字古堂下六四八番地所在の生コンクリート製造プラント工場(以下、本件工場という。)の工場長であり、かつ被告今井舘商店の代表社員(社長)である。被告茂俊は、被告立科生コンの代表取締役常務であり、かつ被告今井舘商店の無限責任社員である。なお被告茂徳、被告茂俊は兄弟である。

2  本件事故の発生

(一) 事故現場の状況

本件工場の各施設の配置は別紙第一図面記載のとおりであり、生コンクリート製造プラントの南側に生コンクリート材料の貯蔵場所であるストックヤードが東西に並んで数基配置され、各ストックヤード内には各二か所にホッパーが設置され、ホッパーを通じて地下のベルトコンベアーでバッチャープラント上部の貯蔵びんまで生コンクリート材料が運ばれていく構造となっており、生コンクリートの製造工程は自動化され、オペレーター室内の制御盤で管理されている。

本件事故現場であるストックヤードは、別紙第一図面記載のとおり、右各ストックヤード中最も東側に位置する川砂の貯蔵場所であり、右ストックヤード(以下、本件ストックヤードという)の構造は別紙第二ないし第四図面記載のとおりであって、北西側地上約五メートルの位置に所在する投入口(以下、川砂投入口という)からダンプカーにより投入された川砂を同所に貯蔵し、必要に応じ制御盤によりホッパーを開閉して川砂を地下のベルトコンベアに供給する仕組みになっている。

(二) 本件事故の発生

(1) 昭和五八年三月一〇日午前九時ころ、被告立科生コンの技術部長訴外今井久夫(以下、訴外久夫という。)は、本件ストックヤード内でタイヤドーザーを使用して同所東側のホッパー(以下、第一ホッパーという。)付近の砂を取り除き、同ホッパーに詰っていた砂の塊を除去する作業をしていた。同日午後零時三〇分ころ、本件ストックヤード西側のホッパー(以下、第二ホッパーという。)についても制御盤に異常が表示されたため、オペレーターである訴外市川幸一(以下、訴外市川という。)は事務員を介して試験室にいた亡昭男に対し、「第二ホッパーを調査し措置するように」との業務命令をだした。亡昭男は右業務命令に従い第二ホッパーを確認すべく本件ストックヤード内に立ち入った。当時の本件ストックヤード内の川砂の状況は、別紙第二ないし第四図面表示のとおりであり、また、第二ホッパーは開いている状態であった。亡昭男は第二ホッパーの状況を確認するため本件ストックヤード内の高さ約三メートルの砂山に登ったが、砂とともに第二ホッパーに転落し、そこへさらに周囲の川砂が次々と崩れ落ち、亡昭男は多量の川砂に生き埋めとなり、同日午後一時ころ窒息死した。

(2) 仮に亡昭男が本件ストックヤード内に立入らなかったとすれば、同人は川砂投入口から第二ホッパーの状況を確認するため身を乗り出し、第二ホッパーに転落した。

3  本件事故の発生原因

(一) 本件ストックヤード周辺及びストックヤード内での作業は、ストックヤードあるいはホッパーに転落し多量の砂に蟻地獄状の生き埋めとなり窒息死するなどの危険が極めて大きい。右のような労働災害発生の危険に対処するため、労働安全衛生法は「事業者は、労働者が墜落するおそれのある場所、土砂等が崩壊するおそれのある場所等に係る危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。」(二一条二項)と規定し、さらに、労働安全衛生規則はより具体的に「事業者は、ホッパー又はずりびんの内部その他土砂に埋没すること等により労働者に危険を及ぼすおそれがある場所で作業を行なわせてはならない。ただし、労働者に安全帯を使用させる等当該危険を防止するための措置を講じたときは、この限りでない。」(五三二条の二)、「事業者は、労働者に作業中又は通行の際に転落することにより火傷、窒息等の危険を及ぼすおそれのある煮沸槽、ホッパー、ピット等があるときは、当該危険を防止するため必要な箇所に高さが七五センチメートル以上の丈夫なさく等を設けなければならない。ただし、労働者に安全帯を使用させる等転落による労働者の危険を防止するための措置を講じたときは、この限りでない。」(五三三条)と規定している。

(二) 本件ストックヤードが前記法条にいう「労働者が墜落するおそれのある場所」であり、「土砂等が崩壊するおそれのある場所」であることは明らかであるところ、前記川砂投入口には転落防止用のさく、手すり、防網等の転落防止設備は全くなかった。亡昭男がこの投入口から転落したとすれば、右のごときストックヤードの構造上の瑕疵が本件事故発生の原因である。

(三) また、本件ストックヤード内のホッパーにはさく等の転落防止設備が全くなかった。それにもかかわらず、被告立科生コンは本件ストックヤード内への労働者の立入りを禁止していなかった(むしろ、被告立科生コンでは、被告茂徳らの命令によって、日常的に本件ストックヤード内での作業が行われていた)。本件ストックヤード内で労働者に作業させる場合には、安全帯、ロープ等を備え置きこれらを使用させて作業に従事させなければならないにもかかわらず、これら安全帯、ロープ等は備え置かれていなかった。ストックヤード内での作業は極めて危険であるから、同所においては、単独での作業を避け、複数で安全を確認して作業を行わせるべきであったにもかかわらず、訴外市川は亡昭男に対し単独での作業を命じた。これらが本件事故発生の原因である。

4  被告らの責任

被告らは、いずれも、以下のとおり、本件事故に基づく損害について賠償責任を負う。

(一) 被告立科生コンの責任

(1) 労働契約上の債務不履行責任

被告立科生コンは、亡昭男の直接の使用者であり、亡昭男との労働契約上、使用する労働者の生命、身体の安全を保護するため安全衛生に十分注意すべき義務(安全配慮義務)を負う。

同被告は、〈1〉本件ストックヤード及びホッパーに転落防止設備を設けず、〈2〉転落防止設備のない本件ストックヤード周辺及び本件ストックヤード内で安全帯あるいはロープを使用させずに亡昭男を作業に従事させ、〈3〉本件ストックヤード内での作業に関し、亡昭男に対し安全のために必要な教育を行わなかったなど右安全配慮義務を尽くさなかったため本件事故が発生したのであるから、同被告は右労働契約上の債務不履行責任を負う。

(2) 不法行為責任(民法七〇九条)

右〈1〉ないし〈2〉の安全配慮義務違反は民法七〇九条の過失(注意義務違反)にも該当するものであり、被告立科生コンは同条に基づく不法行為責任を負う。

(3) 不法行為責任(民法七一七条一項)

本件事故の発生した生コンクリート製造プラント(以下、本件プラントという)は、民法七一七条一項の土地の工作物であり、被告立科生コンは右プラントを占有・管理していた。そして本件プラント内の本件ストックヤード及びホッパーには、前記のとおりその構造上、設置又は保存に瑕疵があり、本件事故は右瑕疵により生じたものであるから、被告立科生コンは同条に基づく責任を負う。

(4) 不法行為責任(民法七一五条一項、有限会社法三二条等)

右〈1〉ないし〈3〉の注意義務違反を現実にしたのは被告立科生コンの被用者である被告茂徳、同茂俊、訴外市川であり、被告立科生コンはその使用者ないし法人として、民法七一五条一項、有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項に基づく責任を負う。

(二) 被告今井舘商店の責任

(1) 被告今井舘商店と被告立科生コンの関係

被告今井舘商店は、昭和二八年三月九日設立された合資会社であり、被告茂徳、同茂俊が無限責任社員、訴外今井登起美、同今井吉子、同今井兼子が有限責任社員である。そして、被告茂徳が代表社員(社長)であり、弟の被告茂俊と二人で同被告会社の実権を握っている。役員の構成から明らかなとおり、今井一族の会社である。被告今井舘商店は、衣料品・日用雑貨の販売を目的とする小売店として発足したものであるが、その後、建築資材、各種燃料の販売等に業務を拡張し、昭和四八年頃、生コンクリートの製造販売にも進出することとなったが、この部門に関し、別会社である被告立科生コンが設立され、被告茂徳、同茂俊の兄弟及び被告茂徳の妻訴外今井吉子が代表取締役に、訴外今井兼子、同市川、同小平兼三が取締役にそれぞれ就任した。これらの役員はすべて今井一族の者であり、資本金六〇〇万円の全部を被告茂徳、同茂俊を中心とする今井一族が所有している。被告立科生コンは、全く不動産を所有せず、本件工場の土地・建物、本店所在地の建物すべてが被告今井舘商店の所有である。また、本件プラント一式もまた被告今井舘商店の所有である。右工場の土地・建物、本件プラント一式はすべて被告今井舘商店が被告立科生コンに貸与しており、被告立科生コンは、毎年金二四〇〇万円余りの賃料を被告今井舘商店に支払っている。被告立科生コンの使用する生コンクリートの原料及び生コンクリート運搬車両の燃料は、すべて今井舘商店が供給しており、被告今井舘商店の売上げの大半は被告立科生コンに対するものである。また、被告今井舘商店の従業員が、被告立科生コンの工場に手伝いに行くこともある。そして、被告今井舘商店の店舗の敷地、及び店舗の一部は被告茂徳、同茂俊の個人所有となっている。

(2) 右(1)記載の事実関係から明らかなとおり、被告立科生コンの実態は被告今井舘商店の一工場部門に過ぎない。そして、この二つの会社は、被告茂徳、同茂俊兄弟が完全に支配・管理し、資本、役員、営業設備、取引等あらゆる面で組織的、有機的に一体となって営業活動をしている。

(3) 債務不履行責任

亡昭男と被告今井舘商店の間には、形式的には雇傭契約は存在しないが、右被告今井舘商店と被告立科生コンの密接な関係からすれば、被告今井舘商店は亡昭男に対し、信義則上雇傭契約が存在する場合と同様の、かつ、被告立科生コンと同一内容の安全配慮義務を負うものというべきところ、被告今井舘商店はこれを怠ったのであるから債務不履行責任を免れない。

(4) 不法行為責任(民法七一五条一項)

被告今井舘商店は、前記のとおり、本件工場の土地建物、本件プラント一式を被告立科生コンに貸与し、かつ、被告今井舘商店の社長である被告茂徳が、本件工場の工場長として被告立科生コンの従業員を直接指揮・監督している。右二つの会社の密接な関係から、被告今井舘商店は、民法七一五条一項に基づき、被告茂徳、同茂俊、訴外市川さらには被告立科生コンの亡昭男に対する不法行為につき、使用者としての責任を負う。

(三) 被告茂徳、同茂俊の責任

(1) 不法行為責任(民法七一五条二項)

前記のとおり、本件ストックヤード及びホッパーには何らの危険防止設備も設けられていなかったのであるから、訴外市川は亡昭男に対し、本件ストックヤード内での作業を命じてはならない注意義務を負っていたものというべきところ、訴外市川はこの注意義務に反して亡昭男に本件作業を命じたために本件事故が発生したものであるから、同人の所為は不法行為にあたるものというべきである。

被告茂徳、同茂俊はいずれも、被告立科生コンの代表取締役として、また、専務工場長(被告茂徳)ないし機械保全担当の常務(被告茂俊)として、現実に本件工場の運営にあたり、現場において日常的に業務の指揮・監督を行っていたもので、いずれも使用者である被告立科生コンに代って事業を監督すべき地位にあり、本件のような事故の発生を防止するための措置を講じ、他の者を指揮・監督すべき地位にありながら、本件ストックヤードを危険なまま放置し、また、同ストックヤード内における作業を自ら積極的に命じていたものであって、訴外市川らに危険防止のための相当の注意をなすどころか、本件の如き危険な命令を助長してきたものである。

以上のとおり、被告茂徳、同茂俊は、民法七一五条二項による損害賠償責任を負う。

(2) 不法行為責任(民法七一七条一項)

本件ストックヤードは地上に建築されたものでありホッパーから地下のベルトコンベアーに通ずる構造のものであって土地の工作物である。右ストックヤードは、被告立科生コンの生コンクリートの製造過程において必要不可欠なものであり、本件ストックヤード及びその付近で作業が行われることは当然予想されるものであるところ、本件ストックヤードには、川砂投入口及びホッパーにさく等の転落防止設備がなく、また、ストックヤード及びその付近にも、安全帯を使用するような設備は全く設けられていない。それは、本件ストックヤードが建築された時からのことであり、また、その後も、右危険防止の設備を設けようとすれば容易に設置できたにもかかわらず、これがなされないまま放置されてきたものであって、これが、工作物の設置又は保存の瑕疵に該当することは明らかである。

本件工場の施設は、被告立科生コンの代表取締役であり工場長である被告茂徳及び機械保全担当の代表取締役である被告茂俊兄弟が一切これを管理していた。右被告両名は日常的に被告立科生コンの業務を監督し工場施設の運行やその保守管理等に全面的に関与し決定する地位にあり、本件ストックヤードに安全設備のないことを十分認識し、そのような設備を設けるよう命じることのできる立場にあった。

以上のとおり、被告茂徳、同茂俊兄弟は、本件ストックヤード等工作物の占有者であるというべきところ、本件ストックヤードを危険なまま、何らの安全対策もとらずに放置したものであって、民法七一七条一項により、損害賠償責任を負う。

(3) 不法行為責任(民法七〇九条)

被告茂徳は本件工場の所有者である被告今井舘商店の代表社員であり、かつ、右工場の借主である被告立科生コンの代表取締役工場長である。右二つの会社の実権を被告茂徳、同茂俊が完全に握り、その業務の遂行は、右被告両名が中心となって行なってきた。本件事故原因である労働安全衛生上極めて劣悪なる職場環境を実質的に決定してきた者は被告茂徳、同茂俊である。しかも、右被告両名は本件ストックヤード内及びホッパー周辺での作業を日常的に従業員に命じ、ホッパー内への転落を防止する措置を何らとらず、また、従業員に対する安全教育を怠ってきた。

右事実からすれば、被告茂徳、同茂俊こそが直接の不法行為者であるというべきであって、右被告両名は民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負う。

(4) 商法一四七条、八〇条の責任

被告茂徳、同茂俊は、被告今井舘商店の無限責任社員である。そして、被告今井舘商店が原告らに対し、後記損害につき、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償債務を負担することは前記のとおりであるところ、被告今井舘商店は、多額の負債を有し、会社財産をもってしては右債務を完済することができない。

よって、被告茂徳、同茂俊は商法一四七条、八〇条に基づき、右会社と連帯して、右債務を弁済すべき責任がある。

5  損害

(一) 逸失利益金四二三二万六九一四円

亡昭男は、被告立科生コンに昭和五七年二月入社したが、同被告会社の賃金体系ははっきりせず、基本給、賞与の基準、昇給の基準等すべてが曖昧である。また、同人は入社一年目であり普通乗用自動車の運転免許証取得等のため本件事故までの約一年間は正常な勤務ができない状況にあった。このため、本件事故当時の亡昭男の収入は著しく低額であり、これを基準に将来の逸失利益を計算することは合理性に欠ける。無職者あるいは年少者につき一般になされている逸失利益の計算方法との均衡の点からしても、男子の全年令平均年収から生活費割合を控除し新ライプニッツ係数を乗ずる計算方法が本件の如き事案においては最も合理性を有する。

従って、昭和五八年賃金センサス男子全年令平均年収金三九二万三三〇〇円を基準とし、生活費の割合を四〇パーセントとして〇・六を乗じ、さらに二〇才の新ライプニッツ係数一七・九八一を乗じる計算方法により算定された金四二三二万六九一四円が亡昭男の逸失利益というべきである。

(二) 慰謝料金二三〇〇万円

(1) 原告今朝信、同恵につき各金一〇〇〇万円

右原告両名は、唯一の男子である亡昭男を苦しい生活の中で二〇才まで育てあげ、家の跡取りとしてその将来を期待していたものであるところ、本件事故により、最愛の息子である亡昭男を奪われ、言語に絶する精神的打撃を受けた。それにもかかわらず、被告らは右事故後責任回避の言動を繰り返し、子を奪われた親の心情を逆撫でする不謹慎極まりない言動を取り続けている。以上の諸般の事情を考慮すると、右原告両名の精神的損害に対する慰謝料としては、各自に対し少なくとも金一〇〇〇万円が相当である(亡昭男の慰謝料の相続分も含む)。

(2) 原告信江につき金三〇〇万円

亡昭男は、素直な性格の持ち主であり妹である原告信江の面倒をよく見ていたところ、原告信江は唯一の兄弟である亡昭男を何かにつけ頼りにしてきた。原告信江は本件事故当時一八才であり、昭和五八年四月一日から長野市内の会社に勤務することが決まっていたが、亡昭男が本件事故で死亡したため右会社への勤務を諦め実家で両親、祖母と一緒に暮らすことになった。こうして、原告信江は、本件事故により唯一人の兄を奪われ、兄の分の責任までも負担しなければならない状況に追い込まれた。以上の事情からして、原告信江が本件により被った精神的苦痛もまた計り知れないものがあり、これを慰謝するためには、少なくとも金三〇〇万円を要する。

(三) 相続

原告今朝信、同恵は亡昭男の右(一)、(二)(1)の損害賠償請求権をその二分の一宛相続により取得した。

(四) 弁護士費用金五九〇万円

被告らは、本件事故につき全く責任感がなく、原告らはやむなく相当の弁護士報酬を支払う約束で本訴の提起を原告ら代理人に委任せざるを得なくなった。原告今朝信、同恵両名の被告らに対する請求額は、各自金二八一四万六三〇三円であり、弁護士報酬としては、その約一〇パーセントに相当する金二八〇万円が相当である。原告信江の被告らに対する請求権は金三〇〇万円であり、弁護士報酬としては、その一〇パーセントに相当する金三〇万円が相当である。

(五) 損益相殺

原告今朝信、同恵に対し、本件事故に対する労働災害保険給付金として金六〇〇万円が支払われたから、これを同原告らの前記損害から差し引く。

6  結論

以上の次第で、原告今朝信、同恵は被告らに対し、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、それぞれ金三〇九四円六三〇三円、原告信江は、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき金三三〇万円及びこれらに対する不法行為の日である昭和五八年三月一〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告ら(請求原因に対する認否)

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項(一)及び(二)(1)の事実は認める。同項(二)(2)の事実は否認する。

3  同第3項(一)の事実は認める。同項(二)の事実中、本件ストックヤードの川砂投入口に手すりなどの転落防止設備のなかったことは認める。被告立科生コンは、従業員に対し川砂投入口から本件ストックヤード内に立入る作業をさせたことはない。また、川砂投入口と本件ストックヤードの構造等からみて転落防止設備は必要がない。同項(三)の事実中、ホッパーにさく等の転落防止設備がなかったこと、本件ストックヤード内の作業のために安全帯、ロープを備えて置かなかったことは認める。その他、原告主張の本件事故の発生原因はいずれも争う。

4  同第4項の被告らの責任はすべて否認する。同項(一)の事実中、被告立科生コンが亡昭男の使用者であり、同人に対し労働契約上の安全配慮義務を負っていること、本件プラントが民法七一七条一項の土地の工作物であり被告立科生コンが占有・管理していた事実は認める。同項(二)(1)の事実及び同項(二)(2)の事実中、被告今井舘商店と被告立科生コンが資本・役員・営業・設備・取引等の面で組織的・有機的であることは認める。同項(三)の事実中、被告茂徳、同茂俊兄弟が現実に本件工場の運営にあたり現場において日常的に業務の指揮・監督を行い、使用者である被告立科生コンに代って事業を監督すべき地位にあったこと、本件ストックヤードが土地の工作物であることは認める。

5  同第5項(三)のうち原告今朝信、同恵が亡昭男の相続分各二分の一の相続人であること、及び(五)の事実は認め、その余の同項の主張は争う。

三  被告ら(主張及び抗弁)

本件ストックヤードの南東側は防風防寒のための扉(布製で、滑車により上下する構造のもの)が設置され、通常は外から出入りすることができない構造となっているが、本件事故当日は第一ホッパー内の砂が凍結したため、訴外久夫が本件ストックヤードに立入り第一ホッパーの中で凍結した砂を砕く作業をしていたので、右扉は開かれていた。

訴外市川は、オペレーター室制御盤の第二ホッパーの表示が異常を示したので、訴外荻原保子を通じて、同日午後零時四五分ころ、亡昭男に対し右異常の確認と措置を指示した。亡昭男が命ぜられた業務は、第二ホッパーの点検であり、その作業内容は第二ホッパーの状況を地下で確認し、第一ホッパー内で作業をしていた訴外久夫に対しタイヤドーザーにより第二ホッパーへ川砂を補給する措置を依頼することであり、それをもって足りたのである。亡昭男は、ホッパーの点検業務について、被告茂徳から作業を一緒に行いながら教え込まれていたので、その作業内容を十分知っており、また、本件事故当日の本件ストックヤード内の川砂の量及び堆積状況からみて、訴外久夫に右措置を依頼するため本件ストックヤード内に立入ることは何ら危険を伴うものではなく安全帯等を使用する必要はなかったのである。

ところが、亡昭男は訴外久夫に右措置を依頼することなく、開かれていた前記扉から本件ストックヤード内に立入り、好奇心から、第二ホッパーを上からのぞこうとし、第二ホッパー付近の高さ約二ないし二・五メートルの砂山に登り、身を乗り出して第二ホッパー内をのぞいたところ、誤って第二ホッパー内に転落したのである。

亡昭男は、本件事故の約一か月前に被告茂徳からホッパー付近の砂山に立入らないように注意されており、その危険性について十分認識していた。それにもかかわらず、亡昭男は訴外市川から指示された業務を逸脱して第二ホッパー付近の砂山に登ったため本件事故に至ったものである。従って、本件事故は、もっぱら亡昭男の過失に基づくものであり、自損行為ともいうべきであって、被告らには何ら責任はない。

仮に被告らに損害賠償責任があるとしても、賠償額の算定に当り亡昭男の過失を斟酌すべきである。

四  原告ら(抗弁に対する認否)

否認する。仮に亡昭男に何らかの過失が存するとしても、本件の如き労災事故にあっては労働者は使用者が設定する職場で働かざるをえず、労働者の不注意な態度は使用者の安全管理に対する無配慮、安全教育の不徹底等の反映にすぎないものと考えられるから損害額の算定にあたっては右の如き過失を斟酌すべきではない。

第三証拠(略)

理由

一  当事者の地位

請求原因第1項の事実は当事者間に争いがなく、(証拠略)によると、亡昭男は昭和五七年二月被告立科生コンに入社し、試験係見習として本件工場内の試験室において製品の強度試験に従事するほか、車両の運転、後記認定のホッパーの点検とその措置、本件ストックヤード内の凍結塊の除去、川砂の補給など本件工場内の諸々の作業に従事していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  本件事故の発生

請求原因第2項(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。なお、原告らは亡昭男の転落状況について、右主張のほかに、亡昭男が川砂投入口から本件ストックヤード内に転落した可能性がある旨主張するが、証人今井久夫の証言によれば、亡昭男は本件ストックヤードの南側から本件ストックヤード内に入り本件事故に至ったものと認められ、右認定に反する証拠はない。

三  本件事故の発生原因

1  前記当事者間に争いのない請求原因第2項(一)、(二)の事実に加えて、請求原因第3項(一)の事実、同項(二)の事実中本件ストックヤードの川砂投入口には手すり等の転落防止設備のなかったこと、同項(三)の事実中ホッパーにはさく等の転落防止設備がなかったこと、本件ストックヤード内の作業のために安全帯、ロープが備え置かれていなかったことはいずれも当事者間に争いがなく、右各事実に(証拠略)を総合すると、次の事実が認められ、被告今井茂徳本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件ストックヤードは、別紙第一図面記載のとおり、本件工場の南角付近に東西に六基並んで所在する生コンクリート資材の貯蔵場の最も東側に位置する川砂貯蔵場であって、別紙第二及び第四図面記載のとおり、奥行き(南北)一二・八メートル、幅(東西)七・四五メートル、川砂投入口のコンクリート壁の高さ五メートルの構造物で、川砂の貯蔵量は約五〇〇立方メートルである。別紙第二図面記載のとおり、本件ストックヤードには東西対称の位置に第一及び第二ホッパーが設置されており、その構造は別紙第三図面記載のとおりである。本件ストックヤードには川砂投入口から川砂が投入貯蔵され、第一あるいは第二ホッパーのゲート(その選択は制御盤スイッチによりなされる)が自動的に開閉して地下道内に設けられたベルトコンベアーに川砂が落され、ベルトコンベアーで上部の貯蔵びんに運ばれ、他の貯蔵びんに貯えられた生コンクリート資材と混合されて生コンクリート製造に至る仕組みになっており、生コンクリート製造の全工程は自動化され、オペレーターの操作にかかる制御盤により管理されている。

(二)  本件ストックヤードには屋根がついており、北、西及び東側はコンクリート壁で画されているが、南側にはコンクリート壁はなく、ベニヤ板製の扉状のもの(以下防風扉という)とビニール製のシート(滑車で上げ下げできる。)により遮断することはできるが、右防風扉等が開いているときは出入することが可能となっている。右防風扉とシートは川砂の飛散防止、川砂の凍結防止を主たる目的とする設備であって、冬期の夜間は、右シートで川砂全体をおおい、その下にさらに三枚のシートが敷設され、川砂の凍結防止の用に供されていた。

(三)  冬期間は、川砂の凍結によりホッパーが詰まるのを防止するため、本件ストックヤードの内外でスコップ等により凍結した川砂を砕きあるいは凍結塊を除去する作業が頻繁に行われた。この作業は朝方始業前後及び夕方終業前後に行われることが多かったが、必ずしもこの時間帯に限られず、ベルトコンベアーが作動中にこの作業が行われることもあった。また、右シートが川砂に埋ってしまった場合これを取り除く作業が本件ストックヤード内の川砂の上で行われた。さらに、本件ストックヤード内の川砂の量が少ない場合には南側からストックヤードに入り、タイヤドーザー等を用いて川砂をホッパー付近に寄せる作業が行われることも少なくなかった。以上の作業の専従者は定まっておらず、亡昭男を含む手のすいている者が適宜これを行っていたところ、その中には亡昭男を含めタイヤドーザーを扱う正規の講習を受けていない者もいた。右の如き本件ストックヤード内での作業に対し安全帯、ロープ等の備付けはなく、従って安全帯、ロープ等を使用することは全くなかった。また、右作業に関する安全基準も作成されていなかった。

(四)  冬期間は川砂の凍結塊によってホッパーが詰まり、ホッパーのゲートを開けてもベルトコンベアーに川砂が落ちないというトラブルは少なくなかった。このような場合、制御盤のランプの点灯によりオペレーターが右トラブルの発生を知り、同人の指示により作業員がその原因を調査し処置する必要が生じるが、当時、右作業の専従担当者や作業手順、作業規定さらには安全基準は明確には定まってなく、臨時の構内作業員やトラック運転手あるいは試験室の亡昭男を含め手のすいている者がオペレーターの指示によりこの作業を担当した。通常行われる右作業の手順はおおむね次のとおりである。すなわち、点検を命じられた者はベルトコンベアーの設けられている地下道からホッパーを点検し、川砂が落ちない原因が川砂がないためなのか、ホッパーが詰っているためなのかを確認し、前者の場合は、川砂を投入口から追加したりタイヤドーザーによって川砂をホッパー付近に寄せる作業をし、後者の場合は、地下において下からハンマーでホッパーをたたいたり、金属板で突いたり、あるいは大型バーナーで暖めて凍結を融かしたりして詰まりを除去する。それでも開通しない場合にはオペレーターに連絡してもう一方のホッパーに切り換え、ストックヤード内の川砂の量が減少するのを待ってタイヤドーザーで詰っているホッパーの上の砂を排除し、上からスコップで凍結塊を除去する。

(五)  前記のとおり、本件ストックヤード内での各作業に関する安全基準、作業規定、その専従担当者は定まってなく、また、現実に右作業を担当する者に対する作業手順教育、安全教育は組織的には全く行われておらず、亡昭男の場合にも入社当初に被告茂徳が一緒に作業を行いその手順を教えた程度で、いずれの場合も作業員はみようみまねで自然に作業手順を習得していたにすぎなかった。

(六)  本件事故当時本件工場の業務は繁忙で生コンクリート資材の供給が生コンクリートの出荷に追いつかないほどであって、一時的にせよベルトコンベアーを止め、本件プラントの操業を停止できる状態ではなかった。また、本件事故の五・六日前から第一ホッパーに川砂の凍結塊が詰まり、地下からの処置によっては除去できず、使用不能の状態となっていた。右繁忙に伴なう川砂の貯蔵量の減少に加えて第一ホッパー内の凍結塊を上から除去するため川砂を減少させる必要があったため、本件ストックヤード内の川砂の量は通常に比べ三分の一程度に減少していた。(その状況は別紙第二及び第四図面記載のとおりである。)そして、本件ストックヤード内の作業の便宜のため防風扉とシートは開けられており、ストックヤード内ではタイヤドーザー等による川砂の寄せ集めの作業や凍結塊の除去・粉砕の作業が頻繁に行われる状態であった。

(七)  訴外久夫は、昭和五八年三月一〇日午前九時ころから、訴外市川の依頼により本件ストックヤード内でタイヤドーザーを用いて川砂を第二ホッパー付近に寄せる作業に従事し、午前一〇時ころから第一ホッパー付近の川砂をタイヤドーザーで除去し、タイヤドーザーで北側の川砂が第一ホッパーに落ちてこないように押え防禦壁とし、第一ホッパーに足を入れ腰かける姿勢でスコップを用い上から凍結塊を粉砕しこれを除去する作業をしていた。午後零時四五分ころ第二ホッパーのゲートが開いているにも拘らず川砂が落ちていない旨を知らせる制御盤のランプが点灯したので被告立科生コン取締役技術課長、オペレーターである訴外市川は事務員訴外荻原保子を介して試験室にいた亡昭男に対し第二ホッパーをみてくるように指示した。亡昭男は(経路は必ずしも明らかでない。)最終的に本件ストックヤードに南側から入り、第二ホッパーの状況を見るため高さ約三メートルの砂山に登り、川砂とともに第二ホッパーに転落し蟻地獄状の川砂の中に生き埋めとなり、同日午後一時ころ窒息死した。

(八)  被告茂徳は、昭和五四年から同五五年にかけての冬期に、当時毎朝行われていた本件ストックヤード内での川砂凍結塊の手作業による除去作業を手伝った際、川砂が崩落しすり鉢状の川砂に腰まで埋まり、そばにいた作業員により辛うじて救出された経験がある。しかしながら、同被告は右事故後もシートを上げ下げするための滑車を取り付け、本件ストックヤード南側に防風扉を取り付けたのみで、ストックヤード内の作業を禁止することはなかった。

2  右認定事実を前提に本件事故の発生原因を検討する。

本件ストックヤードが土砂に埋没することにより労働者に危険を及ぼす場所(労働安全衛生規則五三二条の二本文)であることは明らかであるところ、本件ストックヤードの南側はコンクリート壁で画されておらず、同所には防風扉があったものの人の出入りが可能な構造となっていたこと、本件ストックヤードには柵等人の出入りを制限する諸設備は全くなく、しかも、本件事故当時は右防風扉等は終日開放されており人の出入りが自由であったこと、そして本件ストックヤード内にホッパーへの転落防止の設備がなかったことが本件事故の基本的原因であり、さらに冬期間においては、本件ストックヤード内において川砂の凍結塊の粉砕・除去、川砂をホッパーに寄せる作業等が日常的に行われ、訴外市川の指示により右ストックヤード内における作業が日常業務として命じられていたが、このような危険な業務に労働者を従事させる場合には、「安全帯を使用させる等当該危険を防止するための措置を講じなければならない」(労働安全規則五三二条の二但書)のに、安全帯、ロープ等を備付け使用させることがなく、右作業に専従する労働者は決まっておらず、ストックヤード内作業の作業手順、安全保持のための基準も定められていなかったこと、しかも、以上の「危険を防止するための措置」がなされていない場合には、当該危険業務に従事する者に対しては徹底した組織的な安全教育がなされねばならないところ、右安全教育もほとんど行われていなかったこと、これらが本件事故の発生原因というべきである。

四  被告らの責任

1  被告立科生コン

被告立科生コンが亡昭男の使用者であることは当事者間に争いがないから、同被告会社は亡昭男との労働契約に伴なう信義則上の付随義務として、労務の性質上できるだけの配慮をして亡昭男の生命・身体・健康に危険を与えることのないように安全衛生に十分注意すべき義務(安全配慮義務)を負うものと解すべきところ、前記三に認定のとおり、被告立科生コンは「土砂に埋没することにより労働者に危険を及ぼす場所」である本件ストックヤードが南側から人が自由に出入りできる構造及び状態であったのを放置し、柵その他立入防止のための設備及びホッパーへの転落防止のための設備を設けず、本件ストックヤード内で亡昭男を作業に従事させるにあたって安全帯を使用させるなど危険を防止するための諸措置を講じず、かつ、亡昭男に対し、安全教育を十分行わなかった点において、右安全配慮義務を履行しなかったものというべきである。

被告茂徳は、本件プラントの作動を停止しホッパーのゲートが開く可能性がない場合に限って従業員に対し本件ストックヤード内で作業をさせていたものであるから、このような場合、本件ストックヤードは「土砂に埋没することにより労働者に危険を及ぼすおそれがある場所」とはいえず、従って被告立科生コンに責任はない旨供述するが、本件ストックヤード内の作業が本件プラントの作動停止中に限られていたものでないことは前記三に認定のとおりであり、しかも、本件プラントの作動停止中であっても本件ストックヤード内においては、川砂内の空洞その他の原因により川砂の崩落による埋没事故が発生する危険は存するのであって、本件プラントが作動中である場合に限り、或いは本件ストックヤード内の川砂の貯蔵量が多量である場合に限り、本件ストックヤードが労働安全衛生規則五三二の二にいう「労働者に危険を及ぼすおそれのある場所」に該当するものでないことはいうまでもない。また被告らは、亡昭男が命じられた業務は地下道において第二ホッパーを点検し、本件ストックヤード内で作業中の訴外久夫に対し川砂を第二ホッパーに寄せ集めることを依頼することであり、砂山に登る必要性は全くなかったのに、亡昭男が好奇心にかられこのような自損行為ともいうべき行動に出たため本件事故が発生したのであるから、被告立科生コンには責任がないと主張する。しかし、(証拠略)によれば、被告立科生コンは亡昭男の労働者災害補償保険給付の申請添付書類において、亡昭男が「オペレーターの指示により川砂の流れ具合を確認しようとして誤って第二ホッパーに転落した」旨記載し、亡昭男が業務遂行中に事故に遭遇した事実を自認しているうえ、同被告会社が前記労働安全衛生法等に定められた労働者の安全のための諸措置を講じていなかったことは明らかであるから、亡昭男の行動が前記業務命令の遂行として最もふさわしい行動でなかったとしても、あるいは亡昭男の行動に不注意な点があったとしても、同被告会社において安全配慮義務の不履行の責を免れるものではないというべきである。

従って、被告立科生コンは本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

2  被告今井舘商店

(一)  請求原因第4項(二)・(1)の事実及び同項(二)・(2)の事実中、被告今井舘商店と被告立科生コンが資本・役員・営業・設備・取引等の面で組織的、有機的であることは当事者間に争いがなく、右事実に(証拠略)によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

被告今井舘商店は衣料品・日用雑貨の販売等を目的として昭和二八年三月九日設立された合資会社であり、被告茂徳が無限責任社員・代表役員、被告茂俊が無限責任社員、訴外今井吉子(被告茂徳の妻)、同今井兼子(被告茂俊の妻)が有限責任社員という役員構成であって、被告茂徳が実権を握る今井一族の同族会社である、同被告会社は昭和四四年ころから生コンクリートの製造・販売部門にも進出し次第に業務を拡張した。本件事故当時の従業員は二ないし三名であった。

昭和四八年一〇月一九日被告立科生コンが設立され、被告今井舘商店から生コンクリートの製造・販売に関する一切の営業譲渡を受け翌昭和四九年四月から営業を開始した。被告立科生コンの代表取締役は被告茂徳、同茂俊、訴外今井吉子の三名であり、訴外今井兼子、同市川幸一(右今井兼子の実弟)、同関守雄(訴外今井吉子の実弟)が同会社の取締役であって、被告茂徳、同茂俊の兄弟でその出資全額の七〇パーセント(右関、市川のそれを含めると八〇パーセントに及ぶ。)を保有しており、被告今井舘商店と同じく被告茂徳が代表取締役工場長として実権を握る今井一族の同族会社である。被告立科生コンは、設立及び営業開始に際し、被告今井舘商店の生コンクリート製造・販売部門の全従業員、販売先をそのまま引き継ぎ、プラント工場、同敷地、プラント機械等設備一切の所有権は被告今井舘商店に留保され、同被告会社から被告立科生コンが右工場等を借り受けるという法形式がとられた(昭和五五年度においては右地代・賃料として総額二四〇〇万円余りを被告立科生コンから被告今井舘商店に支払った旨帳簿上処理されている。)。従って、本件事故当時被告立科生コンの固定資産はミキサー車等車両運搬具のみであった(以上の事実は「税金の関係でそのようにしてあったのです。」と被告茂徳が供述するところである。)。また、被告立科生コンは生コンクリート原材料及び車両の燃料のほとんどすべてを被告今井舘商店から購入しており、同被告会社の売上げの大半は被告立科生コンに対するものであった。そして、被告立科生コンの事務所と被告今井舘商店の事務所とは共通であって、同一事務所において両社の経理その他の事務が被告立科生コンの従業員二名によってなされ、被告立科生コンの工場から売上伝票等が右事務所に送付され帳簿処理されていた。訴外久夫は被告立科生コンの技術部長であるが右被告会社両社のコンピューター関係の業務を右工場と事務所において適宜行なっており、また被告今井舘商店の従業員が手のすいているときに被告立科生コンの工場で作業を命じられることもあった。その他、右事務所の電話のうちの一本並びに有線電話は被告会社両社に共通であり、両社とも〈井〉のシンボルマークを使用し、両社の会社名が並んで記載されている封筒を両社とも業務に使用していた。なお、本件事故当時の被告今井舘商店の従業員は二ないし三名であり、被告立科生コンの従業員はパートを含め二二ないし二三名であった。

(二)  右認定事実によれば、被告今井舘商店と被告立科生コンとは、役員構成・資本・営業・設備・取引等あらゆる面で密接な関係があり、前者が一般事務部門、後者が工場部門として被告会社両社が組織的・有機的に一体となって生コンクリートの製造・販売の営業活動をしていたものと認められる。そして、右事実によれば、被告立科生コンと被告今井舘商店は実質的には一個の会社であって、被告立科生コンの従業員である亡昭男と被告今井舘商店との間にも雇主と被傭者との関係と同視しうべき関係があるものと認めるのが相当であり、従って、被告今井舘商店は亡昭男に対し被告立科生コンと同一内容の安全配慮義務を負うものというべきところ、被告今井舘商店がこれを怠ったことは前記四1認定の被告立科生コンの場合と同様であるから、被告今井舘商店は本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

3  被告茂徳、同茂俊

前記認定のとおり、訴外市川は、被告立科生コンの取締役技術課長として、同被告会社の業務に関し、本件事故当日、亡昭男に対し第二ホッパーの点検等の作業を行わせるのに際し、本件ストックヤードが川砂に埋没することにより労働者に危険を及ぼすおそれのある場所であったから、亡昭男に安全帯を使用させるなど当該危険を防止するための措置を講じた場合以外、本件ストックヤード内に立ち入らせて作業を行わせてはならない注意義務を負っていたものである。それにも拘らず、訴外市川は右義務に違反して亡昭男に対し第二ホッパーの点検等を命じたために本件事故が発生したものであるから、訴外市川の右所為は不法行為に該当するというべきところ、被告茂徳、同茂俊がいずれも被告立科生コンの代表取締役として現実に本件工場の運営にあたり、現場において日常的に業務の指揮・監督を行っていたものであること及び右被告両名がいずれも使用者である被告立科生コンに代って事業を監督すべき地位にあったことは当事者間に争いがないから、被告茂徳・同茂俊は、民法七一五条二項により代理監督者として本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

五  損害

1  逸失利益

(一)  (証拠略)によれば、亡昭男は昭和三七年四月一六日長野県上田市で原告今朝信、同恵の長男として生まれ、昭和五六年三月長野県立蓼科高校を卒業したこと、同年四月長野県小諸市所在の浅間技研工業株式会社に入社し約一一万円の月給を得ていたが同年七月同社を退社したこと、昭和五七年二月自宅近くの被告立科生コンに入社し、前記のとおり本件工場内の諸々の作業に従事していたこと、本件事故前ころは被告立科生コンの安全衛生、給与等の勤務条件に幻滅し、その間昭和五七年一〇月ころ会社を休んで普通免許を取得したこともあって、昭和五八年三月には同被告会社を退職し、四月から再び前記浅間技研工業株式会社で働く心づもりでいたこと、亡昭男が被告立科生コンにおいて昭和五七年一二月から昭和五八年二月までの三か月間に得た賃金の平均日給三一八四円を基礎とした年額に、昭和五七年度の賞与金一六万七八二八円を加えると、亡昭男の当時の年収は一三三万〇三五三円となること、訴外滝沢武久は昭和五三年三月被告立科生コンに入社した昭和一四年八月四日生まれの男子であって、同被告会社においてコンクリートミキサー車の運転業務に従事している者であるが、同人の昭和五八年一月から一二月までの年収は金三〇八万八一一七円であったことが認められる。

(二)  右認定事実を前提に亡昭男の逸失利益について検討する。

亡昭男が同学歴同世代の他の労働者に比べ労働能力が特に優れていること或いは劣っていることを認めるに足りる証拠はないから、亡昭男は平均的な労働能力を有する者と推認されるところ、現実には同学歴同世代の平均年収額金二三四万五三〇〇円(賃金センサス昭和五八年第一巻第一表全企業規模新高卒二〇歳ないし二四歳の男子労働者の賞与等を含む平均年収額による。)を大幅に下回る収入しか得ていなかったが、他方、亡昭男は若年であり、前記年収は入社一年目のものであって、将来変動(上昇)要因が多いこと、亡昭男はいわゆる家の跡取りであり、とりあえず自宅最寄りの被告立科生コンに入社したが、昭和五八年四月以降転職を考えていたこと、被告立科生コンに勤務を続けていくとしても運転免許を取得した後はミキサー車の運転業務に専従すればかなり収入が増えるものと考えられることなどの諸事情に鑑みると、亡昭男は将来同学歴の労働者の平均的収入と同額の収入を得る蓋然性があるものと推認される。

そこで、亡昭男の逸失利益を算定するにあたっては、死亡時から五年間については前記現実の年収額を基礎にし、六年目以降六七歳までの四二年間については同学歴者の平均年収金三二二万〇七〇〇円(賃金センサス昭和五八年第一巻第一表企業規模一〇~九九人、新高卒、全年令平均男子労働者の賞与等を含む平均年収額による。)を基礎にして算出するのが相当であると考える。従って、亡昭男は死亡時から五年間は少なくとも毎年金一三三万〇三五三円を下回らない収入を、死亡時から六年目以降六七歳までの四二年間は平均して毎年金三二二万〇七〇〇円を下回らない収入をあげることができるものと認め、右稼働可能期間の生活費を五割と認めるのが相当である。

そこで、これを本件事故発生時における一時払額に換算するため、ライプニッツ式計算法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると、次の計算式のとおり、金二四八六万三六六九円となる。

{1,330,353×4.3294+3,220,700×(17.9810-4.3294)}×0.5=24,863,669

2  過失相殺

前記三・1に認定した事実によれば、亡昭男は本件ストックヤード内で作業する場合に川砂の崩落により川砂内に埋没する等の危険のあることに気づいていたものというべく、同所においては川砂に埋没しないように安全を確かめて作業をするなどの注意を払うべきであったと考えられ、この点に亡昭男の不注意があったものと認められる。しかしながら、前認定のとおり、労働安全衛生規則その他の労働安全保護法令が行政的監督と刑事罰をもって使用者に対し本件ストックヤードの如き危険な作業場所への労働者の立入自体を禁止すべき安全保護義務を課しているにもかかわらず、被告らが右義務を全く履行しなかったことが本件事故の基本的原因であること、亡昭男は入社一年目の経験の浅い若年労働者であって、被告立科生コンからほとんど安全教育を受けていなかったことなどの諸事情を考慮すれば、損害の公平な分担という過失相殺の理念に照らし、本件事故発生に対する亡昭男の過失割合を過大に評価するのは相当でなく、その割合は一割をもって相当と認める。

そこで右1の逸失利益について、右事情を被害者の過失として斟酌し、その一割にあたる額を控除すると、被告らが賠償の責を負うべき損害額は金二二三七万七三〇二円となる。

3  慰謝料

亡昭男が本件事故により死に至るまでの間大きな精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推認されるところであり、原告桜井恵本人尋問の結果によると、原告今朝信、同恵はその長男を、原告信江は唯一人の兄弟を不慮の事故により失なったことにより多大の精神的苦痛を受けたことが認められる。そして、右事情に加えて被告らが本件訴訟に至っても全く本件事故についての責任を認めず、抗争的態度に終始したことのほか本件訴訟にあらわれた諸般の事情を考慮し、亡昭男及び原告らを慰謝すべき金額としては、

(一)  亡昭男本人に対し、金六〇〇万円

(二)  原告今朝信、同恵に対し、各金三〇〇万円

(三)  原告信江に対し、金一〇〇万円

をもって相当と認める。

4  相続

原告今朝信、同恵が亡昭男の実父母であり、二分の一宛の相続権のあることは当事者間に争いがないから、右原告両名は亡昭男の右2及び3(一)の損害賠償請求権を右損害額合計金二八三七万七三〇二円の二分の一にあたる金一四一八万八六五一円宛相続した。従って、右原告両名の損害額は右相続分を含め各金一七一八万八六五一円となる。

5  損益相殺

原告今朝信、同恵に対し、本件事故に対する労働者災害補償保険給付金として金六〇〇万円が支払われていることは当事者間に争いがないから、右金額の二分の一である金三〇〇万円を右原告両名の損害額からそれぞれ控除すると、右原告両名の損害額は各一四一八万八六五一円となる。

6  弁護士費用

本件事案の難易、主張立証活動の程度、認容額その他本件記録中にあらわれた諸事情を勘案すると、弁護士費用のうち、

(一)  原告今朝信、同恵については各金一四〇万円

(二)  原告信江については金一〇万円

をもって本件事故と相当因果関係がある損害として被告らに負担させるのが相当である。

7  まとめ

以上まとめると、原告今朝信、同恵は被告ら各自に対し、各金一五五八万八六五一円(右5及び6(一)の合計額)、原告信江は被告ら各自に対し金一一〇万円(右3(三)及び6(二)の合計額)の損害賠償請求権を有し、被告らは連帯してこれらを支払うべき義務がある。

六  結論

以上のとおり、原告らの請求は、被告ら各自に対し、原告今朝信、同恵は各金一五五八万八六五一円、原告信江は金一一〇万円及びこれらに対する不法行為の日である昭和五八年三月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれらを認容し、その余は理由がないからそれぞれ棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蘒原孟 裁判官 島田充子 裁判官 杉森研二)

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